筆者紹介 シマタケ

株式会社 ファンファーレ・ジャパン
代表取締役 プロデューサー
ヘルスハック大学沖縄 運営者

はじめに
50歳を過ぎてから魅力に気づいたロックの名作とその理由をご紹介。

音楽ストリーミングサービスを利用してロックの変遷を追いかけ、自分の歩みとフィードバックして楽しんでいます。

「ウィ・アー・ザ・ワールド」/USAフォー・アフリカ

ウィ・アー・ザ・ワールド(1985年)

伝説的なミュージシャンが集結した
音楽誌に残る名

(1985年/ シマタケ 13歳)

ウィアーザ・ワ〜〜ルド♪
ウィアーザ・チ〜ルドレ〜ン♪

40歳以上の方なら、USAフォー・アフリカというプロジェクトを知らなくても、この曲のフレーズは知っているのではないでしょうか。

「ウィ・アー・ザ・ワールド」は1985年にアフリカの飢餓を救済するため、当時アメリカ音楽界で活躍していたスーパースター達が集まって作られたチャリティソング。

マイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダーといった伝説的なミュージシャンらが参加し、音楽史に残る名曲と功績を残しました。

ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス(1984年)

ウィ・アー・ザ・ワールドよりも
こっちの方が好きだった

(1984年/ シマタケ 12歳)

そんな「ウィ・アー・ザ・ワールド」が誕生するきっかけとなった曲があります。

前年にイギリスでリリースされた「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」。イギリス音楽界のスーパースターが集まって作られたアフリカ飢餓救済チャリティーソング。

1984年はイギリスのポップソングが世界中を席巻していて、当時小6の僕は、大好きなミュージシャンばかりが集まったこのチャリティーソングの虜になりました。

レコード店に行っても売り切れで購入できなかったのですが、クリスマスの朝、母からサプライズでレコードを貰いとても嬉しかった事を覚えています。

物足りなさを感じた
黒人ミュージシャン中心の参加メンバー

「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」の成功を受け、「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、アフリカ系アメリカ人も救済に取り組もう!という事で黒人ミュージシャンが立ち上げたプロジェクト。

作詞・作曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチー、プロデュースはクインシー・ジョーンズという、黒人ミュージシャンの中でも最高のメンバーが発起人となりました。

そして「ウィ・アー・ザ・ワールド」に参加する人選を開始、当時のチャートトップから片っ端から声をかけたそうです。

鳴物入りでリリースされた「ウィ・アー・ザ・ワールド」は世界中で大きな反響を呼び大ヒット。

しかし、僕の印象は、黒人のおじさん達が作った二番煎じのチャリティーソングというものでした、、

そう、黒人ミュージシャン中心のプロジェクトに加え、チャートトップから参加を募ったとはいえ、イギリス勢のいないラインナップに物足りなさを感じていたのです。

エンパイア・バーレスク(1985年)

時代を経て実感した
名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」の凄さ

しかし、50歳を過ぎて、あらためて「ウィ・アー・ザ・ワールド」を聴いてみると、参加ミュージシャンの素晴らしさと楽曲の凄さを再確認しました。

1985年当時は、チャート上位を占めていたイギリス勢が参加していない「ウィ・アー・ザ・ワールド」のミュージシャンは見劣りしましたが、

時代を経て音楽史に残した功績から見るとそうそうたる顔ぶれが並んでいます。

特に象徴的なのはボブ・デュランの参加です。

1960年代から70年代にかけてスーパースターだったボブ・デュランも「ウィ・アー・ザ・ワールド」参加時は44歳。若かりし頃の勢いもなく冴えない状態だったといいます。

さらに、マイケル・ジャクソンが作った「ウィ・アー・ザ・ワールド」のキーが高く、満足に歌う事ができなかったそうです。

ですが、ボブ・デュランのためにメンバーがメロディをアレンジして中盤に彼だけのパートを設けました。

結果的にそれが中盤のクライマックスとなり楽曲に深みを持たせています。

それが功を奏して、後にノーベル賞も受賞しロック界最高の権威となったボブ・デュランの参加が、この曲に大きな価値を与えています。

そして、やはり楽曲の良さです。

僕が好きだった「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」と比べると、大きな違いは「ウィ・アー・ザ・ワールド」の後半4分近くにも及ぶサビの合唱でしょう。

当時の僕はその合唱がうざかったのですが、曲名を連呼する印象的なメロディーと詩こそが世界中の心を一つにするために必要なパートだったのです。

稀代のポップソングメイカー、マイケル・ジャクソンが未来を見通して作った楽曲の凄さだと思います。

ポップスが最高に輝いた夜(2024年)

さらに今なら、
奇跡が起きた瞬間を観る事が!

(2024年/ シマタケ 51歳)

そんな「ウィ・アー・ザ・ワールド」ですが、なんと、Netflixにて誕生の裏側を追ったドキュメンタリー映画が放送されています。

この名曲がほんの数週間で作曲され、たった一晩でレコーディングされたというからまた驚きです!

名曲を生み出すだけでも奇跡的な事ですが、プロジェクトリーダーのクインシー・ジョーンズらは、一癖も二癖もあるスーパースター達を限られた時間で団結させて結果に繋げるという、そんな困難も乗り越えて音楽史に残る奇跡を起こしたのです。

感激すると同時に、一つの目標に向かい団結していく様や、それを取りなしていくクインシー・ジューンズらに共感も覚えます。

僕も様々なプロジェクトの運営を行なっていますが、誰がマイケル・ジャクソンかな?自分はクインシー・ジョーンズかな?などと、勝手に妄想を重ねて楽しみました^^

僕らも偉大なミュージシャンらのように、人々に感動を与える取り組みを創っていきたいものです。

50歳を過ぎて、この曲から新たに勇気と希望をもらいました。ありがとうございます。

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