シマタケ

株式会社 ファンファーレ・ジャパン
代表取締役 プロデューサー

はじめに
50歳を過ぎてから魅力に気づいたロックの名作とその理由をご紹介。

音楽ストリーミングサービスを利用してロックの変遷を追いかけ、自分の歩みとフィードバックして楽しんでいます。

小学生のころから得体も知れず惹かれていたロックスター

ご紹介するのは、作品「ジギースターダスト」/ アーティスト「デビッド・ボウイ」

ジギースターダスト(1972年)

ロック史上最高のスターが誕生した
伝説のアルバム

(1972年/ シマタケ 0歳)

僕がこのコラムを書くと決めた時に真っ先に思い浮かんだアルバムが、デビッド・ボウイの「ジギースターダスト」でした。

アラフィフ以上のロック好きなら誰でも知っているロック史上名盤中の名盤で、

『ローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・ベストアルバム500』に於いて40位にランクインしています。(2020年版)

個人的な思い入れとしては、リリースされた年が僕が生まれた1972年!

そう、同級生なのです。

このアルバムはコンセプトアルバムで、世界の終わりが迫った地球に、宇宙からやってきたジギースターダストというロックスターが救世主となるという物語。

しかし、救世主と思われたジギーもドラッグと女遊びに溺れて最後は自滅していく、、、という、ロックの栄枯盛衰を描いた壮大な内容です。

さらに、デビッド・ボウイがロック史に残した偉業が、自身がジギースターダストに成りきってその音楽を世界中に届けたことです。

50年以上前、今では当たり前なロックスターのギンギラギンの衣装、奇抜な髪型やメイク、それらをジギースターダストとして形作ったのがデビッドボウイ

しかし、今は大好きなこのアルバムも、高校生の頃に初めて聴いた時には全く理解ができず、なんでこんなつまらないアルバムがロックの名盤なんだ??と思っていました^^、

トゥナイト(1984年)

ロック史に輝く名作も
おじさんが作ったオールディーズと思っていた

(1984年/ シマタケ 12歳)

僕がデビッド・ボウイを初めて知ったのは小学6年生の頃。

当時はカルチャークラブなどイギリスのポップスがチャートを席巻している時代で、僕もそれらのミュージシャンに惹かれていました。

そんな中、デビッド・ボウイ(当時37歳)もポップソングを踏襲して「レッツダンス」等の世界的大ヒット曲を連発。

しかし、小6の僕にとってデビッド・ボウイは、ラジオから聴こえてくるおじさんの音楽という印象でした。

見た目も80年代に流行っていたスーツスタイルなのですが、若手のミュージシャンと比べるとやはりおじさんっぽい、、、

それから、高校生になった僕は日本のバンドブームの火付け役となったバンド「BOOWY(ボウイ)」に出逢います。

その影響でギターを手にしバンド活動に熱中していく中で、当時活躍しているミュージシャンらのインタビュー記事で、多くの方がデビッド・ボウイに影響を受けた事を知ります。

記事で紹介されているデビッド・ボウイの写真は、僕が知っているおじさんではなく、ド派手なメイクにギラギラな衣装を着た姿。そう1972年に世界を席巻したロックスター、ジギースターダストだったのです。

それに衝撃を受けた僕は初めて「ジギースターダスト」のCDを借りて聴くことになります。

しかし、前述しましたが、その時感じた、何が良いか分からない感と面白くない感覚は未だに覚えています、、、

それもそのはず、当時の僕のロック観は、小学生の頃に出会ったカルチャークラブらのキラキラしたポップスと、BOOWYから受けた疾走感とパワーでした。

なので、「ジギースターダスト」の音はそれらに比べるとなんとも頼りなく、盛り上がりに欠ける印象でした。昔の音楽だからしょうがないなという感じ、、、

しかし、小学生の頃に知ったおじさんミュージシャンのデビッドボウイと、宇宙からやってきたロックスターを演じたデビッド・ボウイのギャップは、僕の中に大きな印象を残しました。

アースリング(1997年)

3度目の出会いで初めて知った
デビッド・ボウイの魅力

(1984年/ シマタケ 25歳)

そのように、興味はあるけど曲の良さが分からないという謎のロックスター、デビッド・ボウイと僕の音楽性が遂に一致する時が訪れます!

高校卒業後バンドでプロを目指すべく上京。しかし、ギター演奏に関して情熱がないという事に気づき、25歳の時にバンドとギターをやめて沖縄に帰ってきました。

僕は、ミュージシャンとしての成功より、音楽プロデューサー(プロデューサー)になりたかったと気づいたのです。その決断が今の仕事につながっています。

沖縄に戻ってきた年にデビッド・ボウイがリリースした曲が「アイム・アフレイド・アメリカン」。

それは、大好きなミュージシャン「ナインインチ・ネイルズ」とコラボしたもので、その音楽性とデビッド・ボウイのカリスマ性がマッチした最高にカッコいい曲でした。

その頃のデビッド・ボウイは52歳で、PVに出てくる姿は普通の出たち。ですが、1997年当時はミュージシャンもステージ衣装を着なくなっていたので、曲の良さもあり、デビッドボウイの存在も輝いてみえました。

それが、僕が初めてデビッド・ボウイをカッコいいと思った時であり、彼の本質的な魅力を体感した時でもありました。

デビッド・ボウイとは、常に時代と共に変化し最先端の音楽を世に放つ、そして、それができるカリスマ性を持った真のロックスターだったのです。

実際に「アイム・アフレイド・アメリカン」が収録されたアルバム「アースリング」は当時流行っていたドラムンベースという奏法を取り入れた最先端のもの。これが初めて僕が購入したデビッドボウイのアルバムとなりました。

ブラックスター(2016年)

今だからこそ知ることができた
名作「ジギースターダスト」の凄さ

(2016年/ シマタケ 44歳)

それから時代は進み、現在は音楽をストリーミングで楽しめるようになりました。

好きなミュージシャンの曲をだけではなく、そのミュージシャンが影響を受けた曲を聴いたり、名盤と言われているアルバムを聴いてみたり、様々な音楽を楽しんでいます。

そんな僕が再びデビッド・ボウイの「ジギースターダスト」を聴いてみようと思ったのは必然の流れでした。

そして、僕が「ジギースターダスト」を再び聴くにあたり始めたのは、歌詞や当時の状況を調べることでした。発売から50年が経ってもなお評価されている理由を知りたかったのです。

このアルバムの物語は知っていましたが、

・5年後に世界が終わると告げられる始まりの曲「5イヤーズ」

・子ども達が宇宙からやってきたジギースターダストと交信する「スターマン」

・救世主と思われたジギーの華麗だがもろい真実の姿が歌われる「ジギースターダスト」

・アルバムを締めくくるロックバラード「ロックロースの自殺」

など、

上記した曲だけではなく、全ての曲に全体を形成する物語が宿っている事を知り、その情景を思い描きながらアルバムを聴き返しました。

すると、高校生の頃につまらなく感じた曲たちが、映画の1シーンを観ているかのように、生き生きとした物語を伴って聴こえてきたのです。

それから僕のデビッド・ボウイの音楽を巡る旅が始まりました。

残念ながら2016年に69歳で亡くなりましたが、その死の2日前に「ブラックスター」というアルバムをリリースするなど、最後の最後まで音楽活動を続けていました。

デビッドボウイを知ってから40年近い月日が経ちましたが、あらためて凄いと感じる事は、どんな時代も評価がほとんど変わらないという事です。

そう、誰に聴いても彼の事をこう言うでしょう。

「ロックスターの中のロックスター!」

デビッド・ボウイはミュージシャンも憧れる真のロックスターなのでした。

僕も50歳を過ぎた年齢になりましたが、デビッド・ボウイのように変化しながら生涯自分なりの輝きを放っていきたいと考えています。             

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です